(3)薛さん宅
私のために既に昼食が用意されていた。彼らは先に食べたと言うことで一人食べる。豚肉と新鮮な野菜炒め、自宅で飼っていた地鶏、蕪のスープ。全てあっさりした味付けで美味しい。農家の食事は素朴であって兎に角新鮮。贅沢な食事なのである。
車で道路沿いの店の方に戻る。店には台湾の少数民族である鄒族の若い女性がいた。半年前からお茶小姐として採用されている。最近中国大陸から視察団と称して観光客が大量に訪れている。彼らは大体阿里山にやって来る。有名な『阿里山的姑娘』と言う歌から連想される女性を彼女が演じるらしい。実際観光客のリクエストで民族衣装を着て記念撮影にも応じるらしい。かなり観光地化している。
お茶の種類も増えている。ここでは珠露茶と金宣茶の2種類と思っていたが、いつの間にか烏龍茶なども作っている。パッケージも昔はこの村で共通のものを使っていたが、今は独自に作っている。丁度デザインをする女性がやって来る。沢山のサンプルを見せている。段々商業的になってくる。商売相手が地元の人から観光客に、台湾人から中国人に変化していくとこうせざるを得ないのだろう。
帰りはバスに乗るという私を制して、薛さんが車で嘉義まで送ってくれた。車は4年前のボルボからベンツに代わっていた。うーん、お茶農家はそんなに儲かるのだろうか??何だか面白いような、寂しいような。しかしビジネスになってくると厳しい場面もあるだろう。今後どうなっていくのかウオッチしていきたい。 (4)台北へ
排骨とは骨付き豚肉、スペアーリブというには大きな肉が付いている。弁当はご飯の上一杯に排骨は広がり、その下に高菜の炒め物が敷かれている。列車の中で食べるつもりでいたが、きれいな夕陽が照らしているベンチで食べることにした。何となく懐かしい、そしてちょっと美味しいという感じである。
列車は定刻に来た。満員であった。土曜日の夜に台北に戻る人たちであろうか??服部真澄の『エル・ドラド』という小説を読む。かなりの迫力で世界の農業ビジネスの未来を予言している。遺伝子組み換え作物の出現、話の中ではワインビジネスであるが、お茶の木にも発展するかもしれない。そう考えながら、一気に読んでいると3時間があっと言う間に過ぎて、台北に着いてしまった。 ホテルに戻り、風呂に入り、テレビを見ながら寝てしまう。さすがに疲れが出てきた。 6月4日(日) 店は開いていたが、前回話し込んだオバサンはまだ来ていなかった。最近入ったというお姐さんがいたが、その内オバサンが来ると言うので、外へ出る。歩いて10分ほどの所に和昌があるはずだった。ここには台北駐在中の16年ほど前に行ったことはあったが、最近訪れたことは無い。 先日のお茶会で台湾在住15年のTさんがお土産として持って来てくれた和昌の金宣茶が凄い人気であった。台北に行くなら是非買ってきて欲しいと言われていたので、行くことにした。地球の歩き方によれば9時開店。丁度良い。Sogo近くのその店は分かり難かった。そしてようやく見つけたが、シャッターは閉まったまま。仕方なく電話してみると10時からと言われてしまう。確かに確認せず行動しているのだから仕方が無い。
慌ててオバサンがやって来た。私のことは忘れているらしい。それでも電話で呼び出されてやって来てくれるのだから有り難い。このオバサンには独特の世界がある。それが好きなのである。今回も一人分の小さな急須に梨山烏龍を少しだけ入れてゆっくりゆっくりお茶を飲む。 この世界は通常の私には無いものである。良い茶葉は沢山入れてはいけない、または入れる必要が無い。100度のお湯ではなく、少し冷ましたお湯を使う。全てがゆっくり運ばれる。そして今回教えられた最も大切なことは香りをかぐことである。奇古堂オリジナルの背の低い少し上が広がった聞香杯を使ってかぐ。白磁で作られた聞香杯で香りを吸い込むといい匂いがする。大事なことはいい匂いがすることではなく、呼吸にあるようだ。お茶呼吸法?? オバサンと二人、暫しお茶の香りを吸い込む。なんとも不思議な世界が出現する。この店に並んでいる仏像やきれいな茶器の影響もあるだろうか??精神的に落ち着くのみならず、頭が冴えてくる。ヨーガや太極拳に通じるものがある。この世界を極めてみたい気がする。 既に10時半、もっとこの世界に居たかったが、東京に帰る時間が迫る。こんな状況ではホンモノの時間を得ることは難しい。次回はゆっくり台北のみで時間を使いたい。オバサンからも阿里山日帰り等は意味がないといわれてしまう。ちょっと宗教的。 (2)和昌 中に入ると16年前と変わっていない。お茶問屋という雰囲気の奥の様子、手前のテーブルを前にじゃばじゃばとお茶を注ぐ様子。奥では注文のあったお茶を袋にどんどん詰めている。その様子が昔の台湾そのものであった。しかしお茶を注ぎでいる人が若い。オーナーの張さんは4年前に亡くなっていた。現在は2代目で息子の張さんがその役目を担っている。
張さんに挨拶した。16年前にお父さんのお茶を飲んだと言った所、表情が緩む。そして恐縮してしまうほど気を使ってくれる。金宣茶も飲ませてくれた。友人が好きだと言うと喜んでくれる。あの強烈なミルク味は天然か??不躾な質問すると嫌な顔もせずに『これはインドのアッサム紅茶と台湾の金宣茶の混合種。天然である。』との答え。値段を見ると驚くほど安い(ちょっと疑問)。
(3)雨
ところが大雨になる。バス停にいることも出来ない。そこへタクシーの運転手が『900元で空港まで行く』と一生懸命誘うのでつい乗り込んでしまう。結構な出費であるが、日本円で3000円ちょっと。東京なら成田からのリムジンバス代である。 乗って直ぐに16年前に住んでいたマンションの前を通りかかる。どうやら健在のようだ。色々な思い出があるが、何だか思い出せない。雨に霞んでいるが、大分古びただろうか??
牛肉麺を食べながら、今回の旅を振り返る。唯一の反省が時間の無さ。阿里山日帰りは愚挙だったであろうか??そしてあの奇古堂の不思議な世界。お茶の飲み方を根本から変えなければいけないかも知れない。まだまだお茶の旅は続く。奥は底なしに深い。
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