バングラディシュ・スタディツアー2011(4)ボランティアは誰の為に

タナカ

また子供達が庭に遊びに来た。珍しい人間が来たので興味津々なのだろう。学生達はどこかへ行ってしまったので、私が相手をした。バドミントン、もう何十年もやっていない。無理をすればけがをするので、おっかなびっくりだ。でもその内、だんだん真剣になり、そしてとうとうサンダル履きの足がスリップ。危うく肉離れを起こしそうになる。歳だ。

さっきランチを食べたばかりだが、3時のおやつになる。チャイを入れ、ビスケットが出る。インドでも感じたが、この辺のビスケットはかなり美味しい。チャイにも合う。イギリスの影響なのだろうか。

学生のうち2人がいないなと思っていると、何と顔に白い物を塗って登場した。ミャンマーでも見たあのタナカである。木片を臼のようなもので擦り、その汁を塗る。一種の化粧だが、日焼け止めなどにも良いらしい。ラカイン族がバングラディシュとミャンマーに跨って生活してきたことがよく分かる。

学生達はかなり積極的に現地の物にチャレンジしている。でも男子がタナカか、まあいいか、何もしないより。最近日本の若者が海外に行かなくなったと言われて久しい。しかし勿論海外に行く者もおり、そしてそこで何かを得、エンジョイして帰る者もいる。同行している彼らは少数派なのだろうか。

世界一長いビーチ 

夕方Sさんが『ビーチに行こう』というので出掛ける。何と男子は私が昼寝?している間にビーチまで歩いて行き、帰りはリキシャーで帰って来たという。いいね、このバイタリティ。

 

我々は女子チームと一緒にビーチに向かう。ラジョウがいるので、道に迷うこともなく行けるが、男子チームはよく訳も分からず行ったものだ。歩いてもそう遠くはない、ということだったが、結構歩いた。メインの通りをひたすら歩くということだったが、途中でショートカットした。それでも20分以上は掛かったか。

 

ビーチが近づくとホテルなどが見えてきた。Sさんとラジョウはホテルへ向かう。外貨の両替をするためだ。何しろお祭りで銀行も閉まっている。ホテルなら両替してくれるだろうと行ったようだが、結果はダメだった。やはりまだ金融面は相当遅れていると思われる。

 

夕方だから人がいないだろうと思ったが大間違いだった。何とビーチには人が溢れていた。しかもおかしいのは誰も水着を着ていないこと。この国では裸になって海水浴する習慣はないようだ。そうであれば暑い日中より少し涼しい夕方に人が出て来るのは道理。それにしてもどんどん増えて来た。

 

このビーチ、ガイドブックによれば、世界一長いビーチとある。確かに向こうまで繋がっているが、これが120㎞も繋がっていると聞くとちょっと首を傾げたくなる。でも、この国ならば繋がっているような気もする。砂遊びする子供がかわいい。

 

女子チームが写真を撮り始める。すると大勢の視線が一斉に彼女達に注がれる。イスラム圏で肌を露出している女性は極めて珍しい。しかもビーチに居るのは多くが男性。どうしても目立ってしまう。それでも彼女達はめげない。記念写真を撮りまくる。その光景を周囲のバングラ男性が写真に撮る。実に不思議な光景が繰り広げられる。Sさんによれば、毎年の光景だそうだ。

 

とうとう暗くなる。引き上げようとするとお店がいくつか出ていた。女の子たちは土産物を手に取る。その間、私はようやく見つけたTシャツとタオルを物色する。ちょっとゴワゴワしているがしっかりしたタオルだ。Tシャツは何だか英語が書いてある。取り敢えず、必要枚数を買い込む。これで何とか生活できる。

 

帰りは電気自動車に乗る。中国製とかで、小型だ。後ろに漢字が書かれている。中国から中古を輸入したのだろうか。

 

夕飯は魚に鶏肉。豪勢だった。イモの煮込んだ物も美味しい。食事には本当に満足している。シャワーを浴びる。水しか出ないが十分だ。男子チームが次々に入りに来る。私は12時過ぎまで寝られない。

11月8日(火)   (4)  三日目午前    薬

翌朝起きてみると男子チームの一人、T君が何やら顔をしかめている。聞けば、昨晩何かに刺され、右腕が張れ上がるほど、食われている。私も先日インドのデリーで同じような症状になったが、結局何もせずに放置。相当の痒みがあったが、いつしか治っていた。

先生の奥さんが何か塗り薬を持って来た。何かを磨り潰して作った自家製薬かもしれない。かなり毒々しい色の薬を腕に塗られたT君、痛々しい。ただ後で聞くと、かなり良くなったという。ラカイン族の人々の昔からの知恵は偉大であった。

朝ごはんにもち米が出た。実に餅もちしていた。ココナッツをかけた所はミャンマーのシャン州で食べたものと同じだった。

ゴミ拾い

食後、昨日延期したパゴダ周辺のゴミ拾いに出掛けた。今日もいいお天気。お寺を通って学校の前に行くと今日もイスラムの子達が待ち構えていた。学生達が教えた日本語も段々流暢になり、挨拶も『おはよう』になる。

パゴダ周辺のゴミは相当あった。初めはどうするのかと見ていた学生達もバラバラになり、拾い始める。ラジョウが焚き火を始める。拾ったゴミはそこにくべられ、焼かれる。日本では今や焚き火禁止の所が多い。久しぶりに焚き火した。焼き芋したい気分。

燃える火を見ながら、各人考える所があったと思う。しかしこのボランティア、ちょっと空しい物がある。地元の人が殆ど参加していない。地元の人がしないことをしている外国人は自己満足に過ぎないのではないか、私はそんな風に感じた。学生はどうだったろうか。

パルディソ村へ

活動後、昼飯前に出掛ける。パルディソ村というラカイン族しか住まない場所へ行く。オートリキシャーと電気自動車に分乗して行く。コックスバザールの市内を抜け、農村地帯に入った。かなり豊かな田園風景が広がる。風も心地よい。木で作られた素朴な家が続く。

30分ほどで村に到着。そこはこじんまりした、のどかでいい感じの村。ある大きな家に入る。高床式の家の下にテーブルとイスがあり、座る。風が爽やかに吹きすぎる。今日は村のミーティングに参加した。

実は村には以前交通手段がなく、2年前に我々が乗って来たオートリキシャーと電気自動車が買いこまれたが、この運営がなかなか上手くいかない。車の修理費の方が乗車料金よりかさむこともあるようだ。ではどうするか。

我々日本人なら『何とか収入増加の道を探る』『経費節減方法を検討する』などの話が出るだろう。勿論この会議でも出た。だが、村人たちは今一つ煮え切らない。『車が必要か』と聞けば、必要と答えるが、その為に努力するか、と問えば沈黙する。この考え方の違いはビジネス上でも必ず押さえる必要がある。結局結論は出ず、もう少し様子を見るということになる。不思議だが、結論を急がない会議もよいかと思う。

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