中国最北端を行く(1)北京 朝からチェックインできるホテル

 

《黒龍江省散歩2014》  2014年2月16日-25日

 

本当は新疆ウイグルへ行くはずだった。これまで大学の先生と2年間で3回のウイグル調査をしており、今年は本の出版すら予定に入っていた。だが、新疆情勢はかなり動いており、昨年夏もモンゴル訪問に切り替わっていた。公式に訪問することは難しい。

 

『今回は別の所へ行きましょう』ということで選ばれたのが、何と黒龍江省。しかもその最北端、ロシアとの国境に厳冬期の2月に行くと聞いて逡巡した。だがそれも経験、と思い直し、今回は完全に観光気分で出掛ける。

 

それにしても常夏のバンコックからロシア国境までの温度差は大変なもの。果たして体がもつのか、この歳で体験といってもちょっと危険だった。先ずは北京でトランジットして、体を慣らすことに。

 

2月13日(木)

1.北京

午前8時半にチェックイン

体を慣らすのにバンコックから夜行便?と思ったが、いつものことで仕方がない。いつもは北京で降りずに朝の便で東京へ行くのだが、今回は朝6時半に入国した。あまり早く行ってもどうせホテルのチェックインは昼頃だと思い、ゆっくりイミグレを通り、電車で市内へ。今回は三元橋の如家というチェーン店を選んだ。三元橋には空港線の駅があり、便利だと思ったのだが、何とこの駅は実に不便で、周囲へ行くにはぐるっと回らなければならない。

 

如家も地図上よりはるかに遠かった。ある社区の中、古いホテルを改造したような構え。朝8時半に入っていくと、何事もなかったようにチェックインできた。これは実に有難い。これで夜行便の疲れを癒せる。日本のチェーンホテルなら、チェックインは午後4時から、と言われそうだが、他のアジアはそんなことはしない。部屋が空いていれば客を入れる。それが顧客サービスだ。

 

この如家、予想以上に清潔で必要なものは全て揃っている。WIFIも遅くない。2月の北京は零下の気温ながら、ここは暖かい。お湯の出も問題ない。熱いシャワーを浴び、ベッドに入るとすぐに眠れた。やはり歳だ。

 

昼頃、起き上がる。今度は腹が減る。その辺を散策すると昔を思い出す。実は15年前はここからそう遠くない場所に住んでいた。近くに行ったことのある中国料理屋もあったが、一人で入るには量が多い。そう思って三環路に出ると、昔懐かしい日本食レストランがあった。月山、入ってみると昔と何ら変わらない。恐らくは値段もそれほど変わっていないような気がする。定食38元。

 

店の雰囲気も働いている人の雰囲気も変わらない。北京はここ数年で大きく変わったと思うので、まるで時間が止まったかのようだ。以前は日本人経営だったと思うが、今はどうなんだろうか?

 

張さん

それからバスに乗り、茶葉市場へ。久しぶりに張さんの店へ行く。馬甸橋にある福麗特中国茶城、ここには2007年から通っている。張さんとは紹介されて知り合い、北京時代の我が家のお茶会には殆ど来て頂き、お茶を入れて貰った。その頃出産もあったが、赤ちゃんを連れて、大きく荷物を持って参加してくれたこと、有難かった。

 

この茶城、他と違うのはお茶専門ではない。1階には骨董家具屋があり、そして熱帯魚屋もある。何故この2つが並んでいるのかは分からないが、実はこの2つにはお互い関連性がある。2007年頃から北京の不動産市場は高騰し、家を買う人も増えていた。家を買えば家具を買う。お金持ちは骨董家具を買うケースもある。もう一つ買うもの、それは水槽と熱帯魚。これは主に風水などの影響があるが、熱帯魚がドアの向こうにある家、それは彼らの憧れだったかもしれない。とにかく北京の住宅事情を見る上で、この市場は実に参考になった。

 

張さんの店は毎回行く度に、配置が換わっている。店名が変わっていることもある。それでもこの場所は変わらない。それはそれで凄い。この店に来るといつもダラダラしている。それが茶荘というものだと私は思っている。緊張して、いいお茶を探しまくって、そんなことでよいのだろうか?

 

以前買った福建の紅茶が美味しかったが、もう無かった。冬なので緑茶も買いたくなかった。この店は鉄観音が売りなのだが、私は香港の茶縁坊以外では鉄観音も買わない。そんなことでダラダラしてしまう訳だ。冬場の暇な時期、張さんもいくらで付き合ってくれる。私が駐在していた頃に居た日本人は殆ど帰ってしまった、最近日本人の奥さんと子供は北京に住まなくなっている、など世間話が続く。

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