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チェンマイ滞在記2023その2(4)4 近所を散策

10月28日(土)ラムドアン2と博物館

久しぶりにお客さんがいない朝。ちょっと解放感が生まれ、30分も散歩に出た。今日は先日のゲーンハンレーの時に話しに出たゲーンホーという食べ物を食べてみたく検索した。何とあのカオソイラムドアンの2号店があり、そこにゲーンホーがあるとの情報が載っていたので、出掛けてみた。

外環道路に建つ立派なお店、あの古いラムドアン1号店とはかなり雰囲気が違う。朝9時頃だが、お客は殆どいない。ゲーンホーと言ってみると、初めは怪訝な顔をされたが何とか通じた。メニューには英語があり、Lanna Mix Curryと書かれている。食べてみるとカレー味の春雨炒めかな。元々家の残り物を放り込んで食べていたらしい。だからMixなのか。

そこからMayaの方へ歩いて行くと『中国城』と書かれた門がある。前から気になっていたのでそこを潜ってみたが、中には建物はあるが、殆ど店はなく、僅かに1軒レストランが見られるだけだった。恐らくはコロナ前、中国人観光客目当ての店を集めるつもりだったが、結局客が見込めず、空き家になっているようだ。

更に進むとチェンマイ博物館がある。ここは立派な国立博物館で前に来たことはあったが、折角なので見学する。毎回来るたびに、新しい発見があるのが良い。というか、当然ながらチェンマイやランナーについて知らなければ通り過ぎてしまう展示だが、今や大いに興味があるので、かなり長い時間眺めていた。特にランパーンに惹かれる。すぐにでも行こうと思い立つ。

Mayaに近づくとそこに立派な寺があった。ワット・ジェーヨッドと書かれており、敷地がかなり広い。散歩にちょうど良いので歩いてみると、かなりの由緒があり、空間が心地よく、何となく楽しい。大仏の前に座り、しばし心を休める。こんな空間が近くにあるとは知らなかった。これからも時々散歩しよう。

かなり歩いて帰りつく。久しぶりに充実した散歩となり、腹が減る。近所の店に入り、ブレックファーストを頼んでみる。トーストとベーコン、目玉焼き、コーヒーで85バーツはまあまあの値段かな。午後は疲れが出てゆっくりと休息する。

10月29日(日)マックとカレーで

朝散歩に出る。近所に『中国人歓迎』と中国語で書かれている看板を見るが、その店はいつ開いているのだろうか。その向かいにはなぜか日本風のお茶屋さんがある。ある人から『日本の抹茶が飲めるらしい』と聞いたが、どうだろうか。当然朝はやっていない。いつもの店の牛肉麺で腹を満たす。

午前中は全国大学女子駅伝を見て過ごす。やっぱり名城大が強いか。昼になり外へ出た。何だかとてもマックの気分だったが、ニーマンのマックにはサービスセットが無いので、わざわざチェンマイ大学医学部の横まで歩いて行く。ここにはお気に入りの99バーツセットがある。フィレオフィッシュを食べながら、ダラダラと過ごす。

夕方また腹が減る。そう、いつでも腹は減るのだ。まだ行っていない店を開拓しようと歩いていると、和食屋が出現した。お客はタイ人一組しかいない。思い切って入ってみると、随分前からやっているようでメニューが古ぼけている。カツカレーがあったので注文する。85バーツで、ゴロゴロした芋の入ったカレーにカツが載っている。コスパは悪くない。

ちょっとしたら、日本の老人が二人別々に入ってきて、餃子やサラダを頼んでいる。この人たちは、あのロングステーヤーの生き残りだろうか。そしてこの料金だから食べに来ているのだろうか。そうであれば、この店自体も日本人のロングステイ全盛期を知る遺物ということだろうか。ちょっと悲しい気分で店を出る。

チェンマイ滞在記2023その2(4)3 ドイサケット温泉とベジレストラン

10月26日(木)ドイサケット温泉へ

翌日もTさんを迎えにホテルへ行った。元々の希望が、チェンマイの温泉に行きたいということであったので、行ってみることにした(私も行ったことがなかったのでちょうどよかった)。Boltで車を呼んだが、運転手は『ドイサケット温泉の往復にBoltが表示している料金で行く車はない』という。私もそうだろうと思っていたので、珍しく料金交渉をして、その車に乗って行く。運転手の人柄が信用できそうだったからだが、Grabなどは郊外へ行く料金設定をもう少しちゃんとやって欲しいとは思う。

車で小1時間走って、大きな道路から脇道に入り少し行くと温泉が見えてきた。もし路線バスやソンテウなど来ると、幹線道路のところで降ろされ、20分は歩くところだった。温泉は広々としており、温泉プールもあるようだった。我々は100バーツ払って個室風呂に入る。ここのお湯はかなり気持ちが良く、肌がすべすべしてくる。鼻歌も出そうな感じ。しかも窓から見える田園風景が何ともリラックスできる。

その後卵を買って温泉たまごを作って食べる。これも意外と楽しいがコツがいるようだ。平日の午前中でお客はほぼいなかったが、車でタイ人グループがやってきて、足湯をしたり、温泉たまご作りに歓声を上げていた。何とものどかで温かい午前中、これはかなり幸福感がある。

車で市内に戻り、ネット検索したベジタリアンレストランで降ろしてもらった。午後1時頃だったが、食事はもうなかった。いや、今日食堂がやっていたのかと思ってしまうほど、閑散としていた。仕方なく、そこで売られていた野菜などを見て、フルーツジュースを買って飲む。

そこからまた車に乗り、Mayaの地下へ行く。そこにもべジレストランがあるはずだったが、何故か今日は休みだった。きっとこれは何かの日なのだ。ちょうどタイティーの店があったので、そこでドリンクを買い、歩きながら周辺で店を探して入った。べジを謳ってはいたが、そこは華人系の店で、観光客向け、何でもありそうだった。パッタイや野菜炒めなどを食べて、本日の活動を終了した。

10月27日(金)嬉しい再会

Tさんと再会して楽しく過ごしていると、前回ラフ族の村に案内してくれたヨックから連絡が入り、急遽ランチを食べることとなった。場所はワンニーマンのおしゃれなレストラン。ここのご飯はとても味付けが良く、美味しい。そしてランチ時間は満員盛況、観光客も多いようだ。ヨックが『ゲーンハンレー、ラフ族は食べない』と言ったのがちょっと引っかかる。

前回ドイプーメンまで送迎してくれたウドムも途中から参加して、旅行業などについて、色々と話が弾む。そしてもう一度プーメンに行きたいという私の希望をヨックが考えると言ってくれた。何とも有難いことだ。私は先日Fさんから『あの村で食べた焼いた鶏肉は絶品』と言われたのが脳裏に焼き付いている。

それからウドムの車で送ってもらい、シャンレストランへ移動する。Tさんが待っていてくれたのだが、何とこの店も今日は休みだった。昨日からべジレストランは軒並み閉まっている。仕方なく、その近所の食堂を検索して行ってみる。もう3時近いのでお客もなく、べジとは言いながら、ここも白人観光客向けの食堂だった。フレッシュジュースを飲みながら2回目のランチを食べる。そしてTさんが乗ってみたいというソンテウを拾い、ゆるゆると帰る。

チェンマイ滞在記2023その2(4)2 ワット・ウーモーンから銀寺へ

10月25日(水)再びワット・ウーモーンへ

昨日のプラーオの旅で若干疲れが出た。ただ今日はお客さんが来ており、出掛ける。ヨーガ繋がりでインドからやってきたTさんは、何と我が宿から歩いて10分かからない所に泊まっていた。そのワンニーマンのすぐ近くのホテル、これまで全く気が付かなかった。少し道路から入っていることもあるが、まさかこんなところに、自然に包まれた空間があるとは想像できなかった。料金もそれほど高くないのは何とも不思議。

そのロビーに入るとスタッフの対応が優しい。庭を眺めると、ブランコが見え、とても寛げそう。部屋はコテージだろうか。この環境は実に素晴らしい。Tさんが現れたので、近くのカフェへ移動する。そこはチェンマイ滞在2日目に行った場所で、ちょっと気に入っていたところ。Tさんはやはりベジタリアンだったが、ここのブレックファーストは種類が多く、何とか対応できた。

Tさんとはヨーガ、いやインド繋がり。バンコクのヨーガ合宿でも一緒だったことがあり、久しぶりにインド方面の話で盛り上がった(盛り上がったのは私だけか)。まさかチェンマイでインド話とは。やはりチェンマイは国際都市だな、と勝手に思う(ヨーガスタジオが沢山ある)。Tさんは今、インドで働いている。それだけでもすごいなと感心してしまう。

話しはかなり続いていたが、何と今日に限ってこのお店は1時で閉店だという。仕方なく外へ出た。Tさんに行きたいところを聞いたら、何と『ワット・ウーモーン』というので驚いた。そこは先日Kさんと行ったばかりだった。そんなに有名な場所だったのか。車を呼んで二人で行ってみた。前回は夕方、今回は昼間。昼間は日差しが強い。

何とこのお寺、前回はなかったが、20バーツの入場料を取っていて驚いた。前回同様城壁に入り、一応お参りする。その後更に奥に進むとかなり大きな池があった。その先には僧房(いや寺院か)があるようだったが、突然すごい勢いで犬が飛び出してきて吠えられたので、びっくりして逃げ出す。

池の周りを回ると、華人系の墓がある。この広い敷地内には色々な歴史が眠っているようで、タイのお寺は様々な顔を持っているなと感じる。老僧とすれ違うと英語で『どこから来たのか?』と聞かれた。日本と答えるとなぜかにっこりとして立ち去った。何とも不思議な空間、空気を味わう。帰りにこの寺が瞑想者を受け入れていると知り、その概要を聞きに行く。ここでもお坊さんが英語で丁寧に説明してくれた。一度ぐらい瞑想しに行かねばと常に思っているのだが、数日間誰とも話さない生活はやはり私には想像できない。

次にTさんが行きたいと言ったのが、銀寺。車で行くとすぐに着いた。やはりチェンマイはコンパクトでよい。確かに本堂はシルバーで覆われており、渋い感じ。チェンマイの銀閣寺、などとも書かれているが、京都の銀閣寺はシルバーだっけ?因みに女性は中には入れない。入場料は50バーツだが、冷たい水がもらえた。

そこから結構な時間をかけて歩いて帰った。途中にムエタイジムなどがあり、白人も数人参加していた。Tさんは夕飯を食べないようなので、ホテルで別れた。一度部屋に戻って休息し、その後夜は以前から興味のあったカレー屋へ向かう。ここはオタクの店かと思うような日本グッズが並んでいた。こんな店がタイには増えている。カレーはかなりの量があり、食べるのに苦労した。

チェンマイ滞在記2023その2(4)1 リス族の村の教会で

《チェンマイ滞在記2023その4》  2023年10月24₋10月29日

10月23日(月)再びプラーオへ

僅か3週間前に行ったばかりのプラーオへまた行くことになった。もう慣れたもので、バスターミナルまで歩いて行き、カオマンガイを食べてロットゥが来るのを待った。いつの間にはロットゥは来ており、すでにほぼ乗客が乗りこんだ後に行ったので、一緒に乗るはずの日本人がどこにいるか分からなかった。

途中でKさんに位置情報を入れて、前回同様2時間かからずにプラーオの街に入った。Kさんに迎えてもらい、家に寄る。その後市場を見学してからサムリ村へ移動した。Kさん宅のすぐ下に教会があった。今回はこの教会の改修完成記念の式典があるというのでやってきたわけだが、見ると前日から村の人々により準備が行われていた。リス族の村だがほぼ全員がキリスト教徒であり、教会の改修は悲願だったのだろう。

そこから坂道を登っていくと、上では食事の支度が進んでいた。ラープのようなものを包み、蒸しているのが面白い。今回はいつもの豚の他に牛も一頭捌いているのがちょっと不思議。実はキリスト教関係の儀式なので、牛豚を犠牲にする場面は見せられないと言われていた。クーラーボックスに入った牛の足が取り出されている。

そうこうしている内に、『こっちで夕飯を食べていけ』と声を掛けられ、いち早くご馳走を頂く。新鮮な豚肉が非常に美味い。Kさんの奥さんのお母さんが出てきて、歓迎の意を表してくれた。何だかとても暖かく、居心地が良い。その後Kさん宅に戻り、Kさんが用意してくれた焼き鳥にも手を出す。しかしKさん自身は用事があると言って、チェンマイへ行ってしまい、後の仕切りはUさんに委ねられた。そこへ村人から新鮮な牛肉の差し入りがあり、これは本当に美味かった。

今回のメンバーはチェンマイ在住の男性2人、留学中の女性1人、そして何と日本から著名なシンガー(昆虫好き)が参加。ちょうど雨も降り出して室内に移ると、彼は私でも知っている彼の持ち歌を歌ってくれた。するとなんとUさんがギターを弾いて、留学生が歌うという大胆な展開に。プロの前で歌うなどと思っていたが、実はかなり上手くてびっくり仰天。流石歌って踊れる大学院生!何とサプライズな夜となった。ただ雑魚寝ではなぜかあまり眠れなかった。

10月24日(火)教会の儀式

明るくなると起きて散歩に出た。既にメンバーの何人かは外に出ていた。昨日と同じ場所で朝早くから今日の昼の食事の用意が進んでいる。何とも好ましい光景だ。するとまた『朝ご飯はここで食え』と声が掛かり、朝からご馳走を頂く。食べ終わると薬缶からお茶が振舞われる。そうこうするうちに大勢のリス族が坂を下っていく。

式典は10時からと言われていたが、何だか早めに始まった。ここの神父(ベルギー人)が極めて流ちょうなリス語で挨拶したのには驚いた。その横には何と韓国から来た信者が3人ほど立っている。聞けば今回の改修費用はこの韓国の団体から出ているらしい。この山の中での宗教の国際性には何とも驚くばかりだ。今回特別に牛が犠牲になったのも彼らと関連があるのでは、と思ってしまった。

テープカットが終わり、皆が中に入った。神父の説教があり、その後はリス族信者による歌や踊りが続く。200人ぐらいが中におり、我々は遠慮して外からそれを眺めていた。1時間ぐらいで式典は終了し、食事となる。また坂の上のテントに戻り、ご馳走を頂く。何とも有難い限りだ。リス族の女性は日頃から民族衣装を着ているのだが、今日は若い子たちも着飾っている。

Kさんの車でプラーオに戻る。バスの時間まで、また市場を歩く。何とミアンを売っている人がいた。聞いてみたが、仲買人から購入しているようで、どこで作られているかは分からなかった。リス族など山岳民族は食べないが、タイ人は食べるらしい。その後ロットゥに留学生のNさんと乗り、チェンマイまで戻った。Nさんはもうすぐ1年の留学を終えて、帰国するそうだ。こんな経験は日本では絶対に出来ないだろう。

チェンマイ滞在記2023その2(3)6 カオトームと和食にありつく

午後は卓球を見ながら、たらたら過ごす。ツアーの疲れが出て、本当に自分が歳をとったと感じる。更にドラマを見ていると三重県が舞台であり、風景の茶畑が映りこんできて、何とも素晴らしいと思ってしまう。でもこれ漁港に家があるのでは、などとあれこれ三重を思い出す。

夕方になってバスターミナルにプラーオ行チケットを買いに行く。そのままシャン料理屋へ行き、納豆炒飯はないかと聞いてみたが、首を振られてしまった。ちょっと発酵させたキャベツの入ったチャーハンは美味かった。帰りは夕日がきれいで、近所の有名な寺でほっこりする。

10月21日(土)Kさん来訪

午前中は原稿を書いたり、報告会の準備に追われる。昼過ぎになってイサーンからやってきたKさんと落ち合う。場所はなんと昨日と同じシャン料理屋だった。なぜ私が昨日シャン料理屋へ行ったのか。それはKさんが『20年以上前にチェンマイで食べた納豆炒飯がまた食べたい』とFBに書き込んでいたからだったのだが、チェンマイの誰に聞いても、納豆炒飯などない、と言われてしまった。取り敢えずもう一度シャン料理屋へ行き、タイ語のできるKさんに確認してもらった。

案の定、納豆炒飯はなかった。仕方なく他のシャン料理を食べる。そして初対面のKさんと、色々とタイ話をしていると、いつの間にか夕方になってしまう。店を出て、Kさんが行きたいというお寺について行く。そこはチェンマイ市内の外れぐらいで遠くはなかったが、観光客が結構来ていて驚く。

境内には色々なものが置かれ、飾られている。そしてメインは城壁のような場所の中へ入り、そこをお参りすることだった。ろうそくが灯される中、仏像が数か所に置かれ、荘厳な雰囲気がある。Kさんは20年前、ここで壁の穴に置かれた無数の仏像を見たというのだが、残念ながら、それは無かった。この寺、本堂はどこにあるのかよく分からない。昔の寺は廃寺となり、廃墟と化しているらしい。

帰りにGrabを呼んで一緒に帰る。ただ配車アプリで、2人が乗って別々に降りるというオーダーの仕方が分からない。仕方なく車に乗り込み、宿の近くまで来たら、Kさんが運転手に声を掛けるという手法で切り抜けた。だがやはり不便なので、夜検索して、何とかアプリオーダーの方法を探した。夕飯は近所で珍しいパスタを頂く。

10月22日(日)和食にありつく

ミアンツアーの時になぜか食べられなかったカオトームが食べたいと思い、朝は近所の店へ行き『カオトーム』と叫ぶと、ちゃんと思った通りのカオトームが出てきた。今までは何だったのだろうか。私の発音がオカシイとは思えない。まあ、とにかく煮卵も入れて、美味しく頂く。

昼はガイヤーン屋へ向かう。前回食べたいと思ったチキンウイングを注文しようと思ったが、既に売り切れており、ネックもなく、チキンフットだけが残されていた。それをカオニャオで食べていたのだが、肉部分は極めて少なく、何とも寂しいランチとなり、心が落ち込んでしまった。

それを挽回するかのように、夜はNさんと食事。キッチンハッシュというから、洋食屋かと思っていたが、何とも立派なお屋敷にある和食屋だった。さしみ盛り合わせがとても迫力があり、久しぶりのかつ丼も実に旨かった。ここはチェンマイに住む駐在員などが使う場所らしい。確かに一人でフラッと来て食べるような感じは全くない。予約しないと席がないともいう。チェンマイはまだまだ奥が深い。

チェンマイ滞在記2023その2(3)5 メーテン茶旅、そして日常へ 

今日はミアンから離れるが、しかし茶旅を続けることになった。チェンマイ市内から30分ほどで行けるメーテンへ。私は10年ほど前にリス族の村へ行き、茶摘み体験などをしたことがあったので、その村へ行くものと思っていたが、ケンサンのリサーチ力はそれを上回っており、全く知らない山の中へ車は入っていった。

ただそこも観光茶園であり、茶畑を見ながら景色の良いカフェでお茶を飲んだり、お土産を買ったりする場所であった。しかし茶畑をよく見ると、左側は如何にも烏龍茶用の茶葉を栽培するきれいな畑であるのに対して、右側はごわごわした感じの茶樹が植わっていた。こちらはアッサム種であった。

帰り際にオーナーを見付けたので、少し質問してみたら、やはりアッサムは紅茶、きれいな畑は烏龍茶であった。烏龍茶の方は90年代に台湾の支援で茶作りが始まった。アッサムの方はヨーロッパ人が茶樹を管理して紅茶作りを行っていたが、コロナ禍もあり、いま売りに出しているところだと言っていた。タイの茶業の世界も色々と変化しているようだ。カフェでお茶を飲んだが、同時に食べたケーキは今一つの味。この辺を改善できれば、もっとお客が呼び、発展するだろう。

昼過ぎにチェンマイに戻った。タイシルクを見に行きたいとの要望があったので、私は車を降りて、後はケンサンに任せた。ランチを食べていなかったので、久しぶりに洋食ランチを食べて、部屋に戻り、ゆっくりと休んだ。流石に5日間他人と旅をするのはかなり疲れてしまった。やっぱり茶旅は一人が良い、と思ってしまったが、今回の旅が成り立ったのは、参加メンバーのお陰だから、感謝しないといけない。

ということで、最後の晩餐はメンバーの希望を入れて、近所の人気店に行くことにした。ここはミシュランで星を取ったとかで、タイ人を中心に白人も沢山やってくる。しかも予約は受け付けない。午後5時開店前に店へ行ったが、既に20人ほどが座って待っていた。店が意外と広かったので、何とか席を確保して夕飯にすぐにありつくことが出来た。ただその料理は、並んでまで食べるほどのものだったのかは、味音痴の私には分からない。

10月20日(金)通常の生活へ

ミアンツアーのメンバーは朝の内に各自帰っていった。今日からはまた普段の生活に戻れるのかと思うとホッとする。あまり遠くへ行きたくないと体が訴え、久しぶりにカオソイメーサイへ。カオソイは前回食べたので、今回はカノムチーン・ナムギョウを食べてみる。安いが美味しいかと問われればちょっと微妙かな。

部屋に戻って歯を磨いていると、何故か洗面台の水の流れが良くない。何度か試してみると、完全に詰まってしまったので、1階のオフィスに行き、おばさんにその旨伝えたが、最初は『夜警備員が来たら修理させる』という。それでは困るとお願いすると、しぶしぶやってきて洗面台をチェックして、『これはちゃんと直さなければ』と言い、工具を持って再度やってきた。

寧ろお願いしたこちらが『おばさんに治せるのだろうか』と心配したが、実に慣れた手つきで、工具を操り、セメントで固めてパイプを交換する。そして『このパイプは明日の朝まで水を流すな』と言って帰っていく。やはり長年アパート経営をしている人は違うな、と思わず頷く。華人経営だから、無駄な出費も好まないところはよい。

チェンマイ滞在記2023その2(3)4 再びクンラオ村へ

2泊3日のミアンツアーはここで終了し、1時間半ほどかけてチェンマイに戻った。一度解散した後、夜は偶々チェンマイに来ていたFさん夫妻と合流して、夕飯に行く。元々行きたいレストランがあったのだが、そこは予約ができない人気店。ケンサンに相談したところ、連れて行ってくれたのは、地元料理店。若者が行くとっても安い店で皆さんちょっとビックリ。ただ同級生のFさんはビールが安いと喜んでいた。何だか珍しい料理もあり、酒を飲む人にとってはいいつまみもあり、それはそれで面白かった。

10月18日(水)クンラオ村

チェンマイの宿泊先はやはり寛げる。昨晩帰宅して、今朝又出て行くのだが、それでも良い。今朝はチェンマイ名物のカオソイが食べたいという声があり、カオソイラムドアンへ行く。何とケンサンはここの息子と小学校の同級生だったらしい。小学生で偶にここへ来て、カオソイを食べていたというからすごい。

私はつい数日前に久しぶりに来ていたので、特に感慨はなかったが、他の皆さんは色々と感じる所があったかもしれない。相変わらず、チェンマイカオソイはなぜカレー味なのか、という謎は全く解けない。因みにこの店、日本のアニメにも登場していた。チェンマーソーセージが美味そう。

そこから1時間車に乗り、2月にも行ったクンラオ村をまた訪ねた。確かに前回行った中では、ここが一番参考になる。今回はケンサンが事前に連絡を入れておいてくれたので、村で唯一ミアンを作っているポンさん夫妻が暖かく出迎えてくれた。そしてかなり詳細な説明をしてくれた。ちょうど村で葬儀があるようで、数百個のミアンの注文があったようだ。未だに冠婚葬祭にミアンが使われていることが分かる。

ポンさんと別れて、また茶園を見に行く。坂が意外と急で難渋する。それから村にあるコーヒー屋に寄ってみる。前回も人がいなかったが、今回もまたいなかったので、何も買えなかった。そして前回のようにバーミアンを経由して行くかと思いきや、時間の関係でショットカットして、メーカンポーンへ移動する。ランチを食べていなかったので途中の食堂でチャーハンを食べる。この食堂もロイヤルプロジェクト関連だった。

登っていくと相変わらず観光客が多い。その上の滝を見に行くと、前回の乾季と違い、雨季のためか、水量が多く、その豪快な雰囲気に驚く。古茶樹を見に行く暇もなく(足元が滑って危険)、村を離れてチェンマイを目指すが、渋滞もあって約束に遅れた。Tea Galleryに着くとすぐに馬さんの説明が英語で始まる。今回は女性ばかりの訪問者ということか、化粧品の話なども出てきて驚く。ミアンの活用法は実に様々だった。

それからリンピンスーパーに行き、Kombuchaなどをお土産に買う。確かにお土産を買う暇もなく、ミアンを追いかけてきたので、これは良かった。更にそろそろタイの食事にも飽きただろうと、その夜は潮州系中国料理屋へ向かった。チェンマイでは有名な店で、蒸し鶏や揚げ魚、焼きそばなど、日本人に合う味付けで美味しく感じられ、好評だった。昨晩の安い料理の分を吐き出す大盤振る舞いだった。

10月19日(木)メーテン

今日はツアー最終日。ケンサンに『朝ご飯はカオトーム』とお願いしたが、何と又お粥屋に連れて来られてしまう。タイでは普通ジョークとカオトームは区別されており、朝ご飯のカオトームと言えばすぐにあの雑炊と伝わると思ったのが間違いのようだった。沢山出ているおかずを取り、白粥が出てきた。まあタイ最後の朝飯としては悪くないだろう。

チェンマイ滞在記2023その2(3)3 バーンサッカーからパヤオのミアン

集落では、ルア族(自称はティン族?)の女性がミアンを小分けにしていた。ここでは今でも多くの家でミアン作りが行われているらしい。一台の車が止まり、若いタイ人女性がミアンを買っている。聞けばおばあちゃんへのお土産らしい。自分では酸っぱいから食べない、と舌を出す。

景色の良いカフェで昼ご飯を頂く。生葉のサラダが出て来る。食べやすい。主食は街でも食べられる普通の麺。山岳民族の食べ物が出て来るかと期待したが、今はどこでもそうなのだろう。下を見ると茶葉を買い付けに来た車が走っている。この道路の意味はこの村の歴史においてかなり大きい。

かなり下ったところに、車が沢山停まっている。中を見ると多くの若者で溢れている。そしてこのカフェから見る景色はまさに絶景。インスタ映えを求めてタイ人の若者が集まっている。ドリンクの料金もこの村としては高い設定だろう。観光にもかなり力を入れている。

運転手がアレンジしてくれた若者が待っていた。彼はホテルを運営しており、その中にはカフェもあった。そこで話を聞いたのだが、ミアンは700年ほど前、ルア族が既に作っていたという。その証拠として、寺の壁に描かれた絵にミアンを運ぶルア族が登場しているというのだが、果たしてこれはどうだろうか。これまで一度も山岳民族のミアンに出くわしておらず、ちょっと戸惑う。

ここではミアンよりは若者向けに生葉サラダとコーヒーを販売。健康茶として紅茶とファーン(シダの一種)をブレンドした茶も提供していた。コーヒーは数年前より自作を試みているが、当初は失敗も続き、かなり苦労しているらしい。それでも茶よりはコーヒー、というのが今の流れだろう。更にはコーヒーより(農業より)観光業かな、とも感じる。

もう一度山道を登り、標高1400mまでやってきた。ここにも10数年前に植えた茶樹があった。道路脇から林の中へ茶畑は続いている。かなりいい雰囲気の茶畑だが、どのような茶が作り出されるのだろうか。坂はかなり急であり、ちょっと下るだけでも足を滑らせそうだった。

夕方ブア郡に戻る。まだ陽があるうちに今日の宿に入った。郊外の新しくできたゲストハウス。運転手の家のすぐ近くで便利だからだろう。部屋の窓から田んぼが見える。今晩はお粥屋へ行く。お粥屋といってもまあ居酒屋だ。粥を食べながら好きなおかずを注文する。酒も飲めるが我々は昨晩のこともあり自重した。いや一人だけ自分で酒を持ち込んで輪を乱すアル中はいたが。ここの料理で面白かったのは、大きな火鍋に茶碗蒸しが入っていたこと。これは日本料理なのか。帰りがけにセブンに寄る。

10月17日(火)パヤオで

今日もまた爽やかに起き上がった。周囲は田んぼ、庭には花が咲いている。何とも言えない田舎な環境が素晴らしい。少し散歩してみたが、特に何もない。朝飯は麺を食べる。何とも普通な朝が良い。ここからパヤオ県バーンシーナパに移動する。元はバーンバーミアン(ミアンの森の村)という名前で如何にもミアンの産地だったが、現在では生葉はバーンサッカーから買ってくるらしい。ここもタイ人の村だった。

ミアンはその酸っぱさが重要であり、今回の東北3県ではほぼ塩を入れて酸っぱさを出していたが、ここでは別の葉っぱを混ぜて酸っぱさを出している。この村は10年ほど前、ロイヤルプロジェクトに指定され、茶業が一時盛り上がったが、今は下火となっていた。建設された茶工場は、今や企業の下請けとなっている。茶苗を扱う店も出来たらしいが、行ってみたら今年で廃業するという。

そこからバーンタムへ向かう。近所まで来たところでランチにまた麺を食べた。今回は汁なし麺にしてみる。少しは変化が必要だ。その先の市場へ寄ってみると、小分けのミアンが端の方に売られていた。もうこの辺でもミアンを口にする人は殆どいないのだろうか。そして村でミアンを作っている家を探す。ここは標高450mだが、既に村というより街に近く、集落という印象はない。ミアンを作っている家はもう2‐3軒しかない。

チェンマイ滞在記2023その2(3)2 プレー及びナーンのミアン

今回の車は最新型であり、後方座席は広く、4人でかなりゆったり快適。チェンマイからランパーンを抜けて約3時間、昼頃プレー県に到着した。まずは市内のお寺を参拝する。ワットチョームサワン、ここは前回私がプレーに来た時に気に入った場所。チーク材の見事な建築が良い。そして堂内も落ち着いた雰囲気で日本人にも馴染める。

昼ご飯は道路沿いで臓物麺を食べた。そこから40分ほど車で行くと、ナークハー村へやってきた。ここで食べるお茶ミアンを作っている農家を訪ねて話を聞く。もうあまり作っていないらしい。むしろその横のお寺と木造の橋が観光地となっており、日曜日ということもあってか、家族連れや友人同士のタイ人が沢山やってきていた。農産物もフルーツやコーヒーへと変わっていく。お寺の前に牛のモニュメントがあったのは、昔ミアンなどの産物を運んだ名残らしい。

そこから2時間ほど移動して、今晩はナーンに泊まることになった。どんな山中の宿に泊まるのかと思っていると、何とも大型で新しい、プールまで付いているホテルに案内されて驚く。しかも結構タイ人の泊り客がいる。部屋もきれいでバルコニーまで付いており、これで600バーツは安い。

夕飯はナーン川沿いにある屋台?で食べる。すでに暗くなった外で、川からの風が気持ちよく吹いている。特に名物というものはなく、普通のタイ料理を頂く。何となく川が見えないのはなぜ?雨季は洪水にでもなるのだろうか。早めに宿に戻り、ゆっくりとシャワーを浴びて寝る。

10月16日(月)ナーンで

朝はさわやかに起きた。6時半には起き上がり、バルコニーからプールを眺めているとどうしても外へ出たくなる。私の旅は歩きが基本なのだが、今回は車移動が基本なので足がむず痒い。取り敢えずGoogleで検索すると、どうやら城壁が残っているらしいので、そちらを目指してみる。

ナーンの城壁は思ったより立派に残っていた。最近修復したのだろうか。ちょうど朝日が昇ってきて、何となく嬉しい朝となる。その向こうにあったお寺に寄ると、何とも言えないいい雰囲気。タイの地方都市のこんな感じが好きだ。あまり漢字なども見られず、華人の雰囲気はない。

8時に集合してジョークを食べに行く予定だったが、なんとガイドのケンサンが体調不良となり、運転手が我々を案内してくれた。まあ簡単な朝ご飯を食べるぐらいなら、言葉が出来なくとも何とかなる。ジョーク、美味し。一度ホテルに戻り、ケンサンをピックアップして出発。

車は一路ブア郡へ向かう。車中ではミアンを取り上げた番組のビデオが流れ、何となく気分が高まる。1時間もかからずにブア郡に到着。早々にミアンの製造現場を発見して、見学する。ここは運転手の地元だそうで、何とも心強く、有難い。ポリバケツの容器に沢山のミアンが詰まっている。蓋の上には漬物石がちゃんと乗っており、蓋を開けてもらうと、発酵の様子が良く見えた。

それから運転手の実家へ行く。かなり広い敷地に車が何台も停まっている。ここで突然車を交換した。今まで乗っていた快適な車はドアが一部壊れたらしい。今度は普通のランドクルーザーとなり、後ろのメンバー3人にはちょっと狭い。そこから街の方へ向かい、道路脇の雑貨屋へ行くと、ちゃんとクーラーボックスに仕舞われたミアンが小分けで売られていた。この辺はまだ老人がミアンを食べているという。

そこから車は坂を上り始めた。40分ぐらいで標高約1000mまで登る。道路脇には茶樹が見られる。それを指しながら『アミン』と言っているのが気になる。ここは10数年前、道路が開通した後に茶樹を植えたらしい。実は山の中に入っていくと樹齢100年単位の茶樹が沢山あるらしい。確かに雰囲気からして、古い茶がありそうな山だ。

チェンマイ滞在記2023その2(3)1 カオソイを食べてMonsoon Cafeへ

《チェンマイ滞在記2023その4》  2023年10月11₋23日

今回は5日間に渡って行われたミアンツアーを中心に書いてみる。チェンマイ滞在のハイライト旅だったが、かなり疲れた。

10月11日(水)チェンマイに戻る

ハノイからチェンマイに戻った。ハノイ往復、これは本当にお手軽な海外旅だった。それでも意外と疲れてしまい、ゆっくり休む。ただ疲れていても腹は減る。そんな時に有り難いのは近所の食堂の存在。ここは安定の味で、いつでも開いているのがよい。その昔食べたピータンバジル炒めと牛肉チャーハンを頂く。何とも落ち着く瞬間が巡ってきた。

10月13日(金)Monsoon Caféへ

何だかMonsoon Cafeへ行くことになったのだが、その前にチェンマイカオソイの有名店が近くにあるので寄ってみた。そこまでBoltで行くと、既視感がある。多分10年ほど前、カオソイの名店として連れて来られたところだ。ここは華人の雰囲気がかなり色濃く、はっきり記憶に残っている。

私がチェンマイに来た一つの理由、それがチェンマイのカオソイはなぜカレー味なのか、だった。以前ムスリムカオソイを食べてみたが、今回のラムドアンのカオソイとはかなり違っている。豚肉が入っているかどうかも大きな要素だが、更に味付けのココナッツミルクあたりに秘密がありそうだ。

そこから歩いて5分ぐらいでカフェに着く。オーナーのケネスはFBを見る限り、ずっとヨーロッパに居るのだと思っていたが、連絡してみると既にチェンマイに戻っているというので、あいさつに出向いた。ここのカフェは常にまったりした印象があり、実に好感が持てる。最近のチェンマイのインスタ映えするカフェは何とも落ち着かない。

ケネスは前回同様よくしゃべった。茶の歴史について、彼はこの20年、相当に勉強を積んだのだろう。更に茶畑や森林へ行く、ビジネスをする、といった実践も踏んでおり、何だかすごみがあった。でも確かにこれまでの茶の歴史はどうしても中国的思考に引きずられているので、もう一度タイ側から検証することには大いに意義があると感じる。ただその検証を行う歴史的資料には乏しく、どこまでできるのは正直よく分からない。

彼のビジネスモデルもどんどん進化しているらしい。タイのお茶をヨーロッパで販売する、とは、これまでにない発想だろう。しかもその茶はタイの森林から生まれているのだから、そのコンセプトは受け入れられやすいだろう。茶業後発のタイだから、そういった工夫は大いに重要になる。

10月14日(土)ミアンツアー前夜祭

明日からいよいよミアンツアーが始まる。この企画は今年の2月にチェンマイに来た際、ミアン産地を回りたいとケンサンに話し所、『車は手配できるが必要経費はそれなりに掛かるよ、車の席は3つ空いているんだから、知り合いを誘ったらどうか』と提案され、募集したところ、ちょうど3人の参加者を得たというわけだ。

ただツアーといっても、現地集合現地解散。指定の宿までは自力で来てもらい、ツアーだけを一緒にするというもの。まあさすがに前日チェンマイ入りしたメンバーと結団式?をした方が良いかと思い、夕方ホテルに集合して、紹介された近所のタイレストランへ赴いた。適当にタイ料理を頼み、適当に飲み、適当に話す。とてもいい感じだったが、帰りは結構雨が降り出し、前途多難な船出となる。

10月15日(日)プレーへ

朝8時前にケンサンが迎えに来た。ホテルでメンバーをピックアップして、いざミアンツアーが始まった。しかしまずは朝飯からだ。チェンマイ市内のケンサンの知り合いの店、おかずを自由に選び、ご飯と共に頂くスタイル。ただ朝は麺が良いと思い、私はナムギョウを食べる。ソーメンにタレを掛けているようだが、かなり軽い。