「コラム」カテゴリーアーカイブ

NHKテレビで中国語コラム『アジアの中華メシ』2014年5月号第2回『海南島にはない海南チキンライス』

皆さんは海南チキンライス(“海南鸡饭”hǎi nán jī fàn)という食べ物をご存じでしょうか? 筆者の大好物であり、最近は屋台の専門店から一流ホテルまで東南アジアのどこへ行ってもあるので、所構わず食べています。作り方はいたって簡単、鶏肉を茹ゆ でて、その茹で汁でコメを炊くだけ。鶏ガラのスープも付く、エコノミーな一品です。特に鶏肉の脂身の食感がたまりません。

鶏肉は茹でる以外に蒸してから焼くタイプもあります。食事を簡単に済ませるのに、とても適しています。

Exif_JPEG_PICTURE

名前に海南、と付くので、当然中国の海南島の名物料理かと思ってしまいますが、さにあらず。海南島に行ってみても、海南チキンライスはありません。もっとも最近はこの料理が有名になり、逆上陸しているとの話はありますが。

海南チキンライスは、主にマレーシアやシンガポールで食べられています。それはこの地域は海南島出身者が比較的多く、農村などで食べられていた鶏料理を移住先で再現したものだと言われています。いつ頃から食べられているのかははっきりしませんが、恐らくは移住が増えた19世紀の中頃以降ではないかと思います。確かに出稼ぎに来て、それほど経済的な余裕もない人々が、たまに鶏肉を買って無駄なく使って食べる、いかにも華人らしい食べ物だと思います。因ちなみに海南島では「文昌鶏」を使った鶏肉料理が有名ですので、こちらからの連想もあったかもしれませんが、調理法は全く異なります。

マレーシアではイスラム教徒がマジョリティーであり、ヒンズー教徒もいることから、宗教上牛や豚の肉を敬遠する傾向があります。この点からも鶏肉を使ったシンプルな料理は華人ばかりでなく、その国の全ての人々に受け入れられ、国民食のようになったのではないでしょうか。

因みにマレーシアとシンガポールは、以前は1 つの国でした。マレーシアの観光スポット、マラッカへ行くと、ちょっと面白いチキンライスがありました。その名もチキンライスボール。作り方は基本的に海南チキンライスと同じで、違いはご飯を丸くすることです。なぜそうするのか店の人に聞いてみましたが、全く分からないようでした。が、いくつかの店はランチタイムには長蛇の列ができるほどの人気です。

海南チキンライスがタイに移りますと、「カオマンガイ」という呼び名で出されています。米は元々タイ米ですし、鶏も元は軍しゃも鶏、軍鶏の名前の由来は何と「シャム」から来ているようで、そう考えると完全なタイ素材でできているとも言えますね。

ただタイのカオマンガイは、なぜか肉の脂身を取り去って出てくることがあります。作っている人に脂身も欲しいというと、入れてくれます。それは何故なのか、不思議に思いながら食べる日々です。

皆さんも東南アジアを旅行したら、まずは何を置いても海南チキンライスを食べましょう。その虜とりこになってしまったら、毎日2 食はこれだけで十分。そして屋台やフードコートなどで、その国の人たちと一緒になって食べる、安上がりで旅の良い思い出になること請け合いです。

NHKテレビで中国語コラム『アジアの中華メシ』2014年4月号第1回『飲茶』

皆さんこんにちは。今年度は筆者がアジアを旅する中で出会った中国料理、 中でも安くて美味しい所謂B級グルメを取り上げます。皆さんにも、中国語を勉 強して、アジアを旅し、是非一度味わって頂 いただ きたいと思います。

今回は皆さんにもおなじみの「飲茶」です。この言葉、今ではパソコンに「やむ ちゃ」と打ち込めばちゃんと漢字に変換されるほど、日本語化していますが、 元々は広東語です。意味は読んで字の如 ごと し、「お茶を飲む」ですよね。しかし現 在我々が言う飲茶は「点心を食べるついでにお茶を飲む」という感じではないで すか?

飲茶の習慣はいつから始まったのか、これはハッキリしていませんが、明の 時代、塩の交易で栄えた揚州では多くの点心を食べていたとの話があります。 清の時代になると対外交易は広州に拠点が移り、朝簡単に点心をつまみ、茶を 飲んでいた忙しい商人たちの姿が記録に残されています。また商人たちの商談 の場として使われたとの記録もあるようです。 広州には清代から続く老舗のレストランがあり、今でも朝から大勢の庶民が 行列を作って席を確保しています。

実は飲茶は「朝食べる」のが一般的で、中国 では「早茶」と呼ばれているの です。因 ちな みに現在広州では夜 10時頃から「宵夜」と呼ばれる 宵っ張りの飲茶習慣もあり、 お酒を飲んだ後のシメに飲茶、 という光景もあります。

香港ではアヘン戦争後大量 の移住者が大陸からなだれ込 み、家はとても狭い、お客と 会うのは外にする、というこ とで茶楼や酒楼ができていったようです。お茶を飲むとお 茶請けが欲しくなり、蒸 せいろ 籠で 蒸した焼売や餃子が振る舞わ れました。因みに「シューマ イ」も広東語ですね。

非常に 多忙となった現代社会では悠 長にお茶を飲むことはできず、 朝の飲茶も老人たちのものに なりました。その代わり、週 末などは家族や友人同士で丸 テーブルを囲み、ランチとし て飲茶する習慣ができたと思われます。 飲茶は広東系・福建系華人が多く住む東南アジアへも広がりました。

先日、タ イのプーケットで朝ごはんを食べにローカル市場へ行ったところ、テーブルの 上に7種類もの点心がいきなり置かれ、面食らいました。小さなお皿にのった蒸 した餃子や焼売を、地元の人が辛めのスパイスをたっぷり塗って食べているの を見て、こんなところで点心に出会えるとは、と感激し全部食べてしまいまし た。実は食べた分だけ払えばよいとのこと、これは東南アジアでよく見られる 精算方式ですね。

プーケットタウンで30年以上続いている張さんの飲茶レストランを覗 のぞ いたと ころ、実にローカルな雰囲気が漂っていました。地元の華人で、朝は席が確保 できないほどの盛況ぶり。機械でどんどん蒸し上げ、やはり小皿で出していま す。「プーケット式飲茶、皿は小さいが値段も安い。点心も小さい方が味はいい よ。簡単が一番さ」。横のおじさんは何とお茶の代わりにコーヒーを注文、しか も砂糖とミルクたっぷり。その隣はアイスコーヒー? これで飲茶? アジアに広 がった中国料理はその土地の習慣で大きく変化しています。