両岸三通の茶旅2015(9)安渓 張さんの鉄観音茶作り2日目

5月3日(日)

当然乍ら朝は早く起きる。久しぶりにぐっすり寝込んだ。夜中にトイレに起きても慣れてきたのでスムーズ。午前5時に起きても9時間睡眠。まずは屋上に上がり、天気を見る。今日は晴れそうだ。張さんの奥さんが起きてきて、朝ご飯の支度を始める。この微かな音が何ともいい。お粥に大きな芋が入っている。この芋が台湾に渡り、そして沖縄へ。更には薩摩が持ちだして薩摩芋になったのかもしれない。それでは薩摩芋といえば、確かに沖縄の人が怒るのも無理はない。キャベツや芋は自家製、タケノコなどは山から採ってくる、全く自然な食べ物を簡単に食べている。消化にも良い。こんな食生活が出来れば、病気になることもなく、太ることもないだろう。

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6時過ぎには製茶場へ向かう。朝陽が眩しい。昨晩雨が降っており、道はぬかるんでいて滑りやすい。それにしてもこの朝の散歩、雨のせいか素晴らしく空気がいい。歩いていると心まで澄んでくるような気がする。何とか製茶場に到着すると、張さんは既に午前4時頃から本格的に今日の作業を開始していた。室内に置いておいた茶葉、夜中に揺青をして、今朝殺青している。それが終わると、機械で揉む工程に入る。揉んだ後は布にくるむ。しっかりくるみ、棒を使って形を整えるための機械は張さんが60歳になった時に導入したというから、凄い。普通の職人は退職する年齢であるから、この機械は張さんの強い意思の表れだろう。

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整えた茶葉は団揉という工程で、機械の手のうちでゴロゴロと転がされる。それが終わると一端布を取り、固まった茶葉を崩して、乾燥機へ放り込む。終わるとまたその茶葉を布で巻き、団揉の工程が何度も繰り返される。その度に張さんは重い茶葉を体全身を使って器用に巻いていき、また解し、それを繰り返す、延々と作業する。これはかなりの肉体労働だ。だが張さんいわく『若い者は慣れていないからできないだろうが、50年もやっていれば、この作業は何でもない。ただ製茶できついのは、夜寝る時間がないことだ。もし寝込んでしまえば茶はウマくできない』のだとか。私はその一番きつい夜中の作業を見たことがない。

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殺青をする時、窯に火を入れるが、その薪も張さん自ら暇なときに山から採ってきている。その薪をくべ、火の加減を調節し、終わると火をきれいに消し、必要になるとまた火を点ける。この作業だけでも大変だが、実に鮮やかに火を入れていく。付け火用の枝がパチパチと燃えていく音、これには何とも和む。優しいお茶が出来るゆえんはここにあるのかもしれない。

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私はただただ椅子に座って作業を眺め、時々カメラのシャッターを押すだけ。手伝うことは許されていない。単に張さんの動きを追っているだけなのに、時間はどんどん過ぎていくのが不思議だ。いつの間にか陽は高くなり、日差しが強くなり、薄暗い部屋にも明かりが差し込んでくる。この家は採光が取れるように工夫されており、僅かな隙間から陽が覗き込む。

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大きな茶葉の玉がいくつもできた。これでひと段落ついた。製茶場に完全な静寂が訪れる。私は足の運動を兼ねて外へ出てみた。いつも来る道と反対側へ歩いていく。長年誰も住んでいない家がある。その先に下に降りていく道があった。何だかここを下りたら、戻って来られないような気になり、また製茶場に戻った。何故だろうか、不思議な感覚がある。この辺も空き家が殆どのようだ。

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張さんが焙煎の準備を始める。炭を熾し、竹編みの籠を上に乗せる。その中に少しずつ茶葉を放り込み、火加減を見ながら、ゆっくりと焙煎している。加減は全て張さんの手の感覚にあるという。温度など図っても意味はない。50年の経験で調整していく。このような作業は簡単に受け継ぐことができない。マニュアル全盛の今の世に、ちょっと問うてみたい感じだ。

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しかし前日の午前に茶葉が持ち込まれてから神経を張りつめて作業を続ける張さん。どう考えても疲れが見えている。今日もいい天気、新たに摘まれた茶葉が到着し、また天日干しが始まる。嫁がやって来て、ご飯が作られる。茶摘みをしていた張さんの奥さんもやって来て皆でご飯を食べる。この瞬間、場が和む。農家では皆が揃って食事をする習慣はない。手の空いた者から適当に食べ始める。椀にご飯とおかずを入れて立って食べるのも一般的。

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ようやく出来上がった茶葉が袋に入れられ、一部は息子によって運ばれていった。家のほうで高さんが枝とりを急ぐためだ。製品化された茶葉は、香港で売るため、丁寧に枝と雑味を取り除き、持って帰る。この作業がすべて終了すると高さんと息子は香港に戻っていく。一刻も早く作業を終えて商売に戻るため、朝6時から夜9時まで枝とり作業は続いている。高さんの妹さんなども暇なら参戦し、皆でおしゃべりしながら、やっている。それでも気の遠くなるような作業だ。

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張さんの疲れは限界に近づいていた。焙煎しながら、その横で転寝が始まった。しかし20分ぐらいでスーッと起きて、また茶葉を確認する。そしてまた寝る。これはもう壮絶な戦いだった。その間も天気が良いのでまた茶葉がやって来る。今晩も張さんに安眠はない。これを数日続けると、68歳の張さんにはかなり堪えるはずだ。『来年は引退だ!』と2年前から聞いているが、結局いまだに続いている。その原動力はどこから来るのか、私にはさっぱり分からない。

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今日は日曜日なので、誰かが茶の状況を見に来て、タケノコを置いていった。田舎では、手ぶらではやって来ない。皆で新茶を飲む。何となく今年の茶の出来に満足感があるように思われる。体は疲れていても、気持的には晴れやかに見えるからだ。天気が良い、というのも理由かもしれない。でも私なら雨が降った方が楽でよい、と思ってしまうだろうが。どうなんだろう。

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この日も夕方6時に家に帰り、そして夕飯を食い、シャワーを浴びた。高さん息子と嫁は近所の若者達と下でトランプを始めた。確かに若者にとっては楽しみが少ない場所だろう。高さんたちおばさん組は、相変わらず枝とりに余念がない。私にとっては、早く寝ることが一番。ネットが繋がらず、PCを見ることもなく、ただひたすら製茶を見、偶に枝とりを手伝うだけの生活、これは極上の時間なのだ。人間は物質的な喜びよりも、精神的な喜びの方が大きいと感じる瞬間がそこにある。

 

1 thought on “両岸三通の茶旅2015(9)安渓 張さんの鉄観音茶作り2日目

  1. 私は普段飲んでいるお茶さえ如何して作られるか知りませんが、高級なお茶を手作りするのはこんなに大変であるのに驚きました。

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