初めて行く北海道2013(1)札幌を歩く

《初めての北海道を行く2013》  2013年6月3-6日

                   

実は私は実質北海道に行ったことがない。どうやらかなり小さい頃に行ったことがあるらしいのだが、記憶はない。もう10年以上前、香港に住んでいた時、キャセイの札幌直行便が就航し、香港人が北海道に殺到した。台湾人は年間数10万人単位で北海道に行っているし、最近では映画の影響もあり、中国人の北海道旅行が流行っている。でも、何だか私には関係ないような気がしていた。寒い所はあまり好きではないし、スキーなどやらないし、お茶もないし。

 

しかしアジアを歩いていて何人もの人から北海道について聞かれると『行ったことがない』という答えは日本人としてはちょっと恥ずかしい。しかも前回の沖縄旅行の際、案内役Iさんを紹介してくれたのは、何と札幌在住のIさん。『どうして沖縄には行って北海道には来ないの』という声も聞こえてきそうで、検討することになる。

 

そしてある夜、普段は使わない航空会社のマイレージが今月切れるというメッセージが出る。でも僅か12,000マイルしかない。これでは海外には行けないな、と諦めて寝たのだが、夜中に突如『国内線なら行けるかも』と思い、HPを見ると、何と『札幌往復平日限定12,000マイル』があるではないか。これは天の啓示、行くしかない。更に帰りは旭川でも函館からでもよい、とのことで、時間の都合のよい函館を選択した。こうして突然北海道行きが実現した。

 

6月3日(月)

1. 札幌まで

羽田空港で

朝羽田空港へ行く。前日いつもの癖でWebチェックインを試みたが、何とHP上にその項目はなかった。日本では航空券を印刷するか、携帯のデータを貰い、空港でタッチすれば入れる、と書いてある。私は航空券を携帯ではなく、PCで貰っていたので、PCから携帯にこのデータを転送して備えた。こうすればカウンターに行く必要がない。

 

当日ラッシュ時間帯に羽田まで行くと予想以上に時間がかかる。チェックインカウンターはそれなりに混んでいたので、そのまま安全検査に向かう。ここで携帯をかざしたが通ることが出来なかった。何故通れないのか、と聞いても、立っているのは警備員。仕方なく航空会社職員を呼んでもらう。

 

実は私の携帯は8年以上変更していない。震災の時も緊急地震警報など鳴らない旧機種だ。てっきりこの携帯のせいだと思い、念のため確認したかった。ところがやってきた職員は『それはここでは断定できない』という。では函館からの帰りはどうなるのか。調べてもらうことにして、飛行機に乗り込んだ。

 

機内の違和感

日系航空会社、機内は新しいとは言えないが、不思議な安堵感がある。それはなぜか分からない。だが、CAの不自然な飛び切りの笑顔には何とも違和感がある。中国系に乗り慣れているせいか、どうしても馴染めない。昔ある女性から『あの笑顔は男性、特にビジネスマンにしかしないんですよ。私には冷たいもんです』と教えてもらったことがあるが、どうなんだろうか。とにかく媚を売るというか、何というのか。

国内線なので、飲み物のサービスがある。半分ぐらいの乗客は朝が早いせいか寝ており、または自分で好きな飲み物を持ち込んでいる。これならLCC化して、料金を下げた方が良いのだが、それは既に作った別会社でやっていることか。

そして何となく違和感があったのは、機内放送。何かが足りないな、と感じたのだが、初めは分からなかった。最後にようやく気が付いた。機内放送は日本語しかなかったのだ。アジアしか歩いていないが、アジアで母国語しか放送しない飛行機に乗ったことはないような気がする。普通は自国語と英語。どうしてこの航空会社では英語がないのだろうか。降りる時に聞いてみた。

答えは『本日ご搭乗のお客様は全員日本の方でしたので』。ということは外国人が一人でも乗っていれば英語も使うということだろうか。それよりもどうやって全員日本人だと判断したのかが疑問だった。日本の国内線には身分証のチェックはない。皆携帯電話で検査を通り、搭乗するだけ。セキュリティーは非常に甘いと思っている。その中で『全員を日本人』と判定できる根拠は『名前』と『顔』だけではないか。この2つで日本人と判断し、日本語ができると判断する。実に面白い。この多様な時代に。またそんなところはケチらないで、放送は日本語と英語でやったらどうだろうか。新人さんの研修でもいいではないか、と思ってしまう。

2. 札幌

札幌市内まで

新千歳空港に到着。札幌まで電車に乗る。チケットを買わないのと乗れないと思い込み、長い列に並んでいたが、出発時間に間に合わないので駅員に聞いたところ、自由席ならスイカで乗れるというではないか。出張者は指定席を取るために並んでいたのだろうか?車内は特に混んでもいなかったし、僅か30分で札幌に着いた。何だったのだろうか。

車窓から見える北海道。第一印象は高い建物がない、住宅の屋根の傾斜がかなりある、ゆとりが感じられるということ。そして札幌駅に着くと、高い建物はあるものの、やはりゆとりがある。この広やかな感覚が魅力なのだろう。

取り敢えず予約した駅近くのホテルへ行く。非常に接客がしっかりホテルだったが、12時に到着、チェックインは1時からということで、部屋には入れてもらえなかった。今考えれば日本で1時チェックインは、かなり優遇されているのだが、慣れていない私は『たった1時間なのに何で』と思ってしまう。それでも対応が非常に良いので、そのまま従って外へ出る。

時計台で待ち合わせて

私の一つの問題点は『ガイドブックや地図』を持たず、『スマホ』なども持っていないこと。だから待ち合わせ場所へすぐに着けない場合がある。今回まずは北京時代のお知り合いIさんに会うことに。『じゃあ、時計台で』と言われて、歩いていくが、何と道に迷う。そんな、あんな有名なところ、でも初めてなんだから、もっとちゃんと調べていくべきだった。札幌の街は想像通り、碁盤の目のように分かりやすかった。その中で道に迷う?あり得ない。そしてぐるぐる回ってようやくたどり着いた。私の時計台のイメージはテレビで作られたもの。実際目の前にあるのは思ったより小さい本物。やはり見てみないと分からない。

Iさんとランチに行く。近くの洋食系のお店に入る。そこにあったのが、エゾジカのミートソース。シカは昔中国の雲南省などで食べたことがあるが、札幌で食べるとは。どうもシカが多過ぎて、その活用法の1つらしい。大盛りを頼んだら、本当に大盛りで。残念ながらミートソースになってしまうと、シカかどうか分からない。

北海道事情を聴く

紹介頂いたKさんと会う。新聞社にお勤めで北海道内各地の勤務経験もある方。北海道の実情をレクチャーしてもらう。札幌はまずます発展しているものの、地方はかなり厳しい状況。農業、漁業、どれを見ても、規制もあり、後継者もなく、今後が懸念される。元々移民の地である北海道、外から来る人の受け入れには寛容だが、連帯感があるとも言えないらしい。

続いて北海道で起業した中国の方。旅行業や通訳翻訳業をやりながら、新しいビジネスにもトライしている。『尖閣以降、役所の視察・研修旅行はなくなり、企業進出の話も少なくなった。従業員管理や撤退の案件も手掛けている』とのこと。『撤退するのも従業員管理ができないのも、反日のせいではない。半分以上は日本企業の問題』との言葉に共感。言い訳していても前には進まない。

北海道で起業した理由を聞くと『もし金儲けがしたければ東京へ出るか中国へ帰るよ。北海道は儲からないけれど、生活環境が抜群に良い。子供たちにもそういう環境で暮らしてほしい。だから自分で仕事を作って住み始めた』と。全くその通りだ。そういう中国人が数十人はいるという。

外へ出ると札幌の街は寒い。特に沖縄から転戦してきた者として気温15度以下はきつい。大通りでも人の往来はまばら。北海道経済は本当に冬の時代だな、などと考えていたが、何と札幌駅からすすきのまで、地下街が繋がっていた。みんな下を歩いていただけだった。相変わらずガイドブックも持たずに歩くから寒い思いをするのだ。

夜はすすきので食事。昼も会ったIさんと元新聞記者で今は大学の先生に転身したSさんと食事。生ガキなどを食べて、北海道を満喫した。食べ物がおいしくて、時間が緩やかに流れ、広々としている、それだけで住む価値があると思った。でも私は寒いのが嫌い、いや、北京で5年も住んだのだから大丈夫、など思いが交錯した。

6月4日(火)

北大を歩く

朝は寒かった。肌が南国仕様になっていることが分かる。だがどうしても行きたいところがあった。北大、今ではこう書くと『北京大学』と思ってしまうほど、遠い存在となったが、北海道大学は実は高校3年生だった私の第一志望校だったのだ。結局共通一次試験が出来過ぎ?で、別の学校を受け、しかも落ちてしまったのだが。

 

ホテルから北大までは歩いて5₋6分。朝の空気は爽やかで、北海道に来たんだなあと気持ちも昂る。門を入ると緑が多い。公園の中を歩いている感じだ。校舎も独特の建物でよい。こんなところで勉強したかったな(でも勉強は嫌い)。クラーク博士の像もある。この辺は観光スポットで団体さんが記念写真を撮っている。

 

総合博物館という立派な建物の横を歩き、並木道に出る。まっすぐに伸びる並木を見ていると、ここに来ていたら私の人生は大きく違っていたな、とつくづく思う。そういえば私の高校の同級生は1年アメリカに留学後、東京の有名私立大学を蹴って北大に入学した。あの時は『何で』と皆言っていたが、彼にとってはベストの選択だっただろう。因みのその彼とはその後一度も連絡を取っていないが、週刊ジャンプの編集長をしていたらしい。色々な人生がある。

 

ラーメンに思う

北海道と言えばラーメン。お昼は特に予定がなかったので札幌駅のビルの上にあるラーメン共和国に行ってみた。ラーメン屋さんばかり10数軒が集結しており、レトロな雰囲気を出していた。時間が早かったせいかお客はまばらだったが、帰る頃には沢山の人が食べていた。

 

呼び込まれるままに1軒の店に入った。わたしはラーメンは好きだが、正直それほど拘りはない。勧められるままに『こっさり特選醤油』を頼む。こっさり?こってり、さっぱりだろうか。確かに美味しかったが、ちょっとひねり過ぎかもしれない。もっとシンプルな塩ラーメンでもよかったか。

 

それにしてもどこのラーメンも安くはない。700-800円、中には1000円を超えるものもある。実は入ったお店は旭川が本店。札幌にも店舗が数店あるが、東京にはない。で、シンガポール、香港、台北に支店があるとなっている。これが今のラーメン店だろう。下り坂の日本に見切りをつけて、勝ち組と言われる成功した店はアジアを目指す。そして今ではバンコックに100軒もの日本のラーメン屋さんがあり、さすがに淘汰の時代が始まっていると言われている。いくら美味くても、日本とほぼ同じ料金のラーメンを食べる人は限られる。それでもどんどん進出する。このお店はバンコック進出には乗り遅れたのだろうか。

 

夕方ラーメン横丁という場所にも行ってみたが、それほどお客がいるようには見えなかった。知り合いの香港人は『札幌に行ったら必ず食べる行きつけのラーメン屋がある』と言っていた。これからは海外進出ではなく、如何に地元にお客を呼び込むか、なのかもしれない。

インバウンドや如何に

午後は街歩き。すすきのの手前、狸小路あたりに外国人観光客が多いと聞き、歩いて見る。平日の昼間のせいか、人通りは多くない。観光客もあまり見られなかった。

 

北海道と言えば台湾人や香港人、中国人のみならず、東南アジア人全般にも人気のある観光地。台湾は既に20年ぐらい前から毎年多くの観光客を送っており、香港も2000年以降、急激な北海道ブームが起こった。北海道のマンションを買う人、結婚式を挙げる人など、当時香港に住んでいた私の周りでも、多くの北海道好きがいた。

 

数年前には中国映画の舞台となり、中国における北海道ブームが爆発。映画のロケ地を訪ねる旅など、人気が高まった。ただ昨年の尖閣以降、団体観光客は脚止めを食らい、激減(個人旅行客は逆に増加)。代わってタイ、マレーシア、インドネシアなど東南アジアの国々から注目されている。私が現在拠点にしているバンコックでも『北海道はどう?』と何度も聞かれる。7月以降、観光目的の入国がノービザとなり、日本への旅に拍車がかかっている。

 

各お店の前には中国語、韓国語、英語の表記などがあり、それぞれ工夫しているように見える。中にはちゃんと台湾・香港向けに繁体字で書かれているものもある。お客が買っているものを見ると、ここでも日用品が多いような気がする。高級な物より、安くてよい物、そんな雰囲気が漂う。高島屋などでは高級品を買っているのだろうか。

 

夜はご紹介頂いた皆さんと楽しく北海道の幸を堪能した。その中でも、北海道の物産をどのように海外に売っていくのか、観光客をどのように誘致するのか、などの話題が出た。『沖縄は北海道の10倍の予算を国から与えられ、誘致活動を強力に進めている』との言葉が印象的。国内の競争がいい形で日本全体のプラスになればと思うのだが 。

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