シェムリアップで考える2011(5)親の仕事を見て育つ子供達

親の仕事を見て子供が育つ環境

もう一つ伝統の村の特徴は『保育所を作らず、子供は親のそばに置く』ということ。実際に見ていると、母親が赤ちゃんを膝の上に寝かせて機を織っている。小さい子供達が、仕事場近くを走り回っている姿もある。

森本さんの説明。『敢えて保育所は作らない。母親はどうしても子供のことが気になる。それならいっそ子供を傍に置いた方が集中できる。勿論時々子供を見なければいけないが、その時間を差し引いても効率が良い』

また『女の子は5歳ぐらいで母親の真似を始める。10歳ともなればある程度の作業が出来る。15歳で一通り出来る。20歳までには一人前になる。伝統の森では20年で後継者を一人育てる感覚を持つ。小さい時から織物に触れている、この感覚は後からは養えない』とも言う。

これもまた凄いことだ。特に女性の訪問者からはこの説明には歓声が上がるという。これは究極の子育てであり、同時に職業の伝達手段でもある。息の長い、伝統の継承、これは実にすばらしい。

究極の言葉

この森に滞在しているとあらゆることが勉強になり、あらゆることに気づかされる。こんな所に日本の高校生、大学生を連れてくれば、彼らにとって大きな財産になるような気がする。と思っているとドイツ人がやってきた。聞けば大手自動車メーカーのドイツ国内のトップディーラーたちに研修旅行団がカンボジアに来るらしい。その折、この村の訪問を計画したいとの相談だった。森本さんのもとには日々こんな人々がやって来る。学生ばかりではない、大人も十分研修すべきなのだ。

普段は忙しい森本さんが奇跡的にこの2日間来客もなく、急ぎの用事もなかった。そして私と合計10時間以上に渡って向き合ってくれた。これは稀有なことではないか。私に誰かが森本さんを引き合わせ、そしてじっくり話を聞く機会を与えてくれた。

ここでその全てを書きだすことはとても出来ない。心に引っ掛かった言葉をいくつか挙げてみたい。『心のこもっていない物は手造りとは言わない』、これは何という名言か。村の人々作業を見ていると素人でも、その丁寧な動作、真剣なまなざしが伝わる。

『本当にいい物を作ればどんな不況でも売れる』現代は大量生産、消費の社会であるが、いずれは不況になったり、戦争になったり、現在の計画通りに行かないことが多い。その時でも、本当にいい物であれば、必ず買う人がいる。だから目標は高く『世界一の物を作る』。これも現代社会に警鐘を鳴らしつつ、エコなどと言いながら使い捨て全盛の世の中を批判している。

『村の人々には腕に見合った仕事をして欲しい』手仕事の素晴らしい技術をもった職人さん達が作った織物を商人が買い叩いて行く場面を見て、この村を作る決意をしたという。職人が買い手に直接売る、そしてその良さを分かち合う、これも大切なことだ。

『事業には適正規模がある』これも現代の事業拡大一辺倒に警鐘を。この村でも一時は500人まで村人が増えたが、これは適正規模を越えたと判断し、去っていく者の補充をせず。現在の200人を適正規模と考えて運営している。売り上げを伸ばすことが重要ではない、適正な利益を確保し、安定的に維持していくことが重要。

『マニュアルだけは自然は染められない』この村では化学染料を一切使っていない。自然は常に変化するもの、自然と如何に向き合い、自然を色に出来るか、これは簡単ではないが、それが実行できる環境がここにはある。

電気がある喜び

そして昼ご飯を頂き、お昼寝をし、また森本さんと話し、夕飯を頂き、また森本さんと話す。何故か話が尽きない。その内私が中国の話を披露していると森本さんが『中国勉強しようかな』と言い出す。既にタイとカンボジアに30年、還暦を過ぎた森本さんがまだ勉強しようとしている。これには驚く。

でも正直その時は森本さんが中国に行くといっても旅行程度だと思っていた。ところがその後時々連絡があると『今上海』などと来る。驚くべき行動力だと思っていると、何と言葉の勉強だけではなく、上海で無印良品とコラボして、仕事を始めていた。うーん、人間年齢ではないな。

そしてその夜『今日も電気いらないね』と言われ、素直に『要りません』と答えられた。だがスタッフの一人が可哀そうだと思ったのか、自家発電を入れてくれた。母屋から迎賓館へ、今日は薄く灯りが見える。灯りがあることがどれほど嬉しいか、感じられる瞬間だ。

更には電気があるとお湯が出る。お湯を体に掛け、汗を落とした。これはどんな名湯よりいい。現在原発再開などで揉めている日本。電気の有難味を知り、同時に電気が無くても生活できる部分を体感し、基本は電気を減らす方向で考えるのが自然であろう。今の政府、そして日本人は自らの生活を少しずつ縮小する努力こそ肝心だと思う。

12月20日(火)   村を離れる

伝統の森に来て3日目の朝。今日も何事もないような日常が始まる。ここに泊まった2晩で、何かしら大きなものを得た様な気がしたが、森はそんなことはお構いなしに営みを続けている。

学校ではクメール語の授業が行われていたが、ここは1年生まで。2年生になると4㎞離れた学校に行かなければならない。どうして小学校過程全体が認められないのか、不思議だが、仕方がない。その4㎞の道を自転車に乗る子、歩く子、いずれにしても大変だ。

授業中、どうしても1年生なので、集中力がなく、遊びだす子もいる。すると19歳の先生は「悪いことをした子は手を出せ」と言い、一人ずつの手を軽く叩く。今日本で先生が生徒を叩くと体罰だと騒ぐ親がいる。でも子供にはこのようなけじめは必要だろう。しかもその叩き方には何となく温もりがあった。

サレンが迎えに来た。お昼の麺を頂き、村を離れる。ちょっと感傷的になる。が、村はいつもと変わらぬ。長く続いて行く村は淡々と日常をこなしていく。

トゥクトゥクに揺られていく。良く見ると、あちこちに洪水の爪痕が見えた。この付近の被害は相当な物だったろう。それでも人は生きて行く。





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