スリランカ お坊さんと行く紅茶畑の旅2012(1)コロンボ 空港でお坊さんの出迎えを受ける

【スリランカ お坊さんと行く紅茶畑の旅】 2012年11月7-20日

スリランカ、とても遠くて未知の島。少し前まで行こうとすら考えなかった場所。それが最近の紅茶ブームでインド、トルコなどを歩き、台湾、中国の紅茶を見て来ると、スリランカへ行かない訳にはいかない、と思うようになった。

ある大学の先生が「お茶に熱心なスリランカ人がコロンボに居る。紹介するから是非行け」と言ってくれたが、何と連絡先を聞く前に病気で亡くなってしまった。日本スリランカ協会の人を紹介する、とも言われたが、実現しなかった。そして特につてが無くても行ってしまう私の旅を始めようかとした矢先、「スリランカのお坊さんを紹介する、彼は北京にも留学していたとてもいい人」と言われ、連絡してみた。そのお坊さんの返事は「Do not worry。Take it easy!」。では行ってみよう、未知の国へ。

1.   ビザ

トルコを旅行中、日本人バックパッカーに出会った。彼と話をしている内に、「スリランカに行くには今年からビザがいる」ことを知る。そしてその申請はインターネットで行うことも併せて教えられる。

スリランカへ行く前にトルコ、バンコック、中国、日本を転戦し、中国上海でビザのことを直前に思い出し、申請しようとしたが、どこが公式ページか分からない。在日本のスリランカ大使館のHPを見に入ったがエラーと表示される。中国では取れないのか。検索を続けると一つのサイトが出て来た。だが入力を進めるうちに、聞いていた画面と異なることに気が付く。そして何よりビザ代が違う。米ドル20ドルのはずが、何故か英国ポンドで29ポンドとある。流石におかしいのでフィッシング詐欺を疑い、入力を途中で取りやめる。しかし止めたらスリランカ行はどうなるのか。

バンコックに戻り、再度大使館のHPから入るとちゃんと入れた。何故だろうか、中国は相変わらず不思議な国だ。そして入力を完了すると1分後にビザ取得のメールが届いた。これは単に入場料としてビザを申請させているだけなのだろうか。それともテロ対策の登録であろうか。あまりに簡単で少し驚く。

2.   コロンボへ到着   11月7日(水)  スリランカ航空

今回のコロンボ行きでは、当然エアアジアが安いだろと思い、最初にその予約を試みる。ところが10月11日を最後にネット上での予約は出来なくなっていた。バンコックーコロンボ線は今年運行を開始したが、当初は毎日1便であったのが、6月には早くも週3便に減便されており、恐らくは乗客数が伸びずに運休したものと思われる。

次に安いのはどこか、ネットで検索するとスリランカ航空と出た。そして出発と到着が意外といい時間である。特に到着が深夜になるキャセイとタイ航空は出来れば避けたかったので、スリランカにする。更にネットではなく旅行会社経由としたところ、料金がまた安くなり、結局往復2万円ちょっとで行けることとなった。エアアジアに競争力が無い理由が分かった気がする。

午後8時発のコロンボ行きは、マイナーエアラインに有りがちな1時間前が搭乗時間とされていた。普通は行って見ると搭乗は始まっておらず、遅れる人間が無いように早めに設定しているケースが多い。ところが50分前に行って見るとゲート前にはほとんど人影が無い。慌てて乗り込むと既にかなりの席が埋まっており、本当に1時間前に搭乗を開始したことが分かる。そして30分前には殆どの乗客は乗り込み、出発を待ったが、いつになっても出発しない。一体何が原因なのか、さっぱり分からずに定刻を過ぎてしまった。

隣はミャンマーからスリランカに勉強に来ている尼さんで英語も出来たので、スリランカの事情などを聴いている内にようやく出発。機内は広く、LCCとは違ってサービスも悪くない。食事も出るし、飲み物もある。食事はちょっと中華風、デザートはかなりあまいスリランカ風。紅茶は何となくおいしく感じられる。

周囲をよく見るとなぜか中国人が多い。観光客もいるが、どうみても観光には見えない男たちが10数人ほど乗っており、入国カードの書き方などを皆で議論している。恐らく彼らは出稼ぎ者だろう。訛りが強い普通話を使っており、北の人間であることは間違いない。機内には中国人CAも乗っており、普通話の機内放送すらあった。スリランカと中国はそれ程密接な関係にあるのか、ちょっと不思議であった。

空港で

出発は遅れたが、定刻にコロンボの空港に着いた。空港は大きくはないが綺麗であった。これも日本のODAだろうか。例の中国人達は入国カウンターには進まず、別の場所へ行く。どうやらビザの申請らしい。アライバルビザも可能であった。なんだ。

入国審査は簡単でビザ認可のコピーを提示しなくても、名前で分かるらしく、直ぐにビザのシールをパスポートに張ってくれた。これは早い。そして預けた荷物を待つ。直ぐにテーブルが回り始めたが、荷物が多過ぎるのか、なかなか自分の荷物が出て来ない。バンコックの空港で手荷物は1つだけと言われて、素直に従ったのが恨めしい。他に乗客は2-3個平気で持ち込んでいたのに。

乗客の中のインド人と思われる人間が非常に横柄な態度でポーターを使って荷物を探している。どうもこういうことに慣れていない日本人は反感を持ってしまうが、使われるスリランカ人も習慣なのか、平気な顔をしている。だが荷物は見付からず、何と別の空港へ行ってしまったらしい。私の荷物もまさか同じように、と思い始めた頃、ようやく出て来てホッとした。

荷物検査もなく、直ぐに外へ出る。先ずは両替をする。そして迎えが待つ場所へ出てみた。今回はお坊さんが来てくれているので、直ぐに分かると思っていた。そして一番前にお坊さんが立っていたので、そこの前へ行ってみたが、立派なお坊さんは全く無反応であった。人違いかと思い、更に探したが、見当たらない。と思うと、さっきのお坊さんが背後に立ち、私の名を呼んだ。恐らく彼は私が日本人に見えなかったに違いない。私もそのお坊さん、スマがもっと若いと勝手に想像していた。

知り合いの豪華な家

私を車に乗せたスマはコロンボ市内とは反対の方角へ進んだ。時間は既に夜の11時。車はあまり走っておらず、道も明るくはないが、意外とスムーズ。車はある村に入り、大きな門の前で止まる。スマの知り合いの家だと聞いたが、相当大きな家だった。

中へ入ると、2階建てリビングにはソファーセットが2つあり、2階にもリビングに相当する場所があり、ソファーセットがあった。部屋はいくつあるのだろう。日本なら豪邸だろう。だがこの家、まだ人は住んでいない。今晩は運転手を含めて3人が泊まる。

スマが言う。この家には何もないので、簡単な食事を買ってきておいたと。スリランカのレストランはコロンボの繁華街以外は8時頃には閉まってしまうのだという。ダイニングテーブルの上を見て少し驚く。何とマックの袋が置いてあった。スリランカにマック、そしてお坊さんとマック。何となくそぐわない感じだが、スマに寄ればマックは以前からあるという。紅茶のティバッグを淹れながら、冷えたチキンバーガーを食べる。何となく可笑しみがある。しかし考えてみれば偉いお坊さんの手を煩わせる、有難い話である。

夜も遅いので早々に寝る。私が宛がわれた2階の部屋は大きかったが、何とドアがキチンと閉まらなかった。特に問題はないし、何となく暑いのでそのまま寝ようとしたが、蚊が何匹もいるようで、耳元で煩い。煩いだけでなく刺してくるので始末が悪い。寝るどころではなかった。3時間ほど格闘し、疲れ果てて浅い眠りに入った。



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