コルカタ散歩2011(1)ドルガプージャの夜

《コルカタ散歩》 2011年10月6日-9日

10月6日(木)
1. エア・アジアでコルカタへ

どうにか飛行機には乗った。が、いまだに信じられない。私は本当にコルカタ行に乗ったのだろうか。慌ててジャカルタ行に乗ってしまったのではないか。バックを忘れたように何か大きな忘れ物、勘違いはないのだろうか。

そんなことにはお構いなく、飛行機は雨の中を離陸し、そして何ごともなかったように水平飛行に入った。今回は何故か窓側の席しかなく、不慣れな席で小さくなっていた。隣はマレーシアのパスポートを持つインド系カップル。早々に注文しておいた機内食が来て、食べ始めた。何だか美味しそう。カレーか。でも、不慣れな席から不慣れな注文は出来ない。じっと我慢する。

その内にそのカップルは不意に居なくなり、そのまま帰ってこなかった。どこかにもっといい席を見付けたのだろう。そうなれば、3席を独り占め。そしてCAにメニューにあったチキンライスを注文する。さっき空港で食べたばかりだが、何度でも食べたい。ところがこれは売り切れ、仕方なく別のチキンを頼むがこれが予想外に美味しい。今度は事前に予約しよう。そうすれば少し安くなる。

4時間ほどして、飛行機は高度を下げた。コルカタが近づく。窓から外を見たが、暗くてよく見えない。インドの大地はそう簡単には姿を現さない。さて、どうなるのだろうか。

2. コルカタ (1) クラシックタクシーで

今回ビザを取ろうと茗荷谷のインドビザセンターに出頭すると「あなたのビザはマルチですから必要ありませんよ」と言われる。え、7月のラダック行きに取ったビザは何とまだ有効であった。2か月間入国禁止が頭にあり、混同する。

それでも何となく、入国時には緊張する。何か間違いがあって入国できない、ということはないだろうか。心配性なのである。今回も直ぐに飛行機を降り、真っ先にイミグレに進む。イミグレの係官は「このビザを使うのだな」と念を押す。緊張が走る。そして呆気ないほど簡単にスタンプが押される。荷物も簡単に出て来る。

さて、心の準備が出来ていない。こんなに早く出て来るとは。これからどうやって、街へ行くのか。確か旅行社のセットさんのメールでは誰かが来るようなことが書いてあったが、どうやって会うのだろうか。

出口を探していると、一般ゲートよりだいぶ前にミニゲートがあり、そこに目をやると一人の男性が立っていた。彼は慌てて紙を上げる。そこには私の名前があった。迎えがあった。旅行社の人だから中まで入れたようだ。「タクシーチケットを買って」と言われ、横を見るとプリペイドタクシーの窓口があった。しかしどこへ行くのか分からない。ホテルの名前すら知らないのだ。

その男性はとうとう中に入ってきて、代わりに処理してくれた。本当はいけないことのようだが、外国人だし仕方ない、と警備員も諦め顔。そして2人で外へ出ると、特に秩序だって待っている訳ではないタクシーの方に近づき、何か言うと、極めてクラシックなタクシーに乗り込む。私一人ではとても対応できなかった感じ。何しろ暗い。

そうして、タクシーが走りだし、市内へ。市内に向かう道も何となくクラシックなイメージ。何故だろうか、その時音楽が聞こえ、何かが押し寄せてきた。

(2) ドルガプージャの夜

窓から外を見ると、何かが煌めく。人が大勢で、人形のようなものを山車に載せて、行進している。太鼓が叩かれ、所謂お祭り騒ぎだ。これは何だろうか。隣の男性は「今日はドルガプージャの最終日で盛り上がっています」という。人形はドルガであるわけだ。ドルガプージャは、ベンガルの1年に1度のお祭り、その最終日の夜ともなれば、相当の盛り上がり。

道には大勢の見物人が出ていて、凄い状態。交通は遮断されるし、タクシーの奪い合い、バスやリキシャーには人が詰め込まれている。これは本当のお祭り騒ぎだ。そして我がタクシーも何とか喧騒を抜ける。ホテルはどこだろう、いやここはどこだろうか。それから長い時間タクシーに乗っていた。さっき見たのは市内ではなく、郊外だったのだ。

市内中心に入ると、やはりライトアップされている。それは何とも言えない、不思議な空間。まるで映画のセットに紛れ込んだような錯覚を覚える。この街は何と古めかしい、とても素晴らしい、植民地時代の建物を残した街であった。かなり細い道を何度か通り、ようやくホテルに着いた時には結構疲れていた。

それでもホテルをすぐに出て、お祭りを探す。この辺は繁華街なのか、人通りは多いが、お祭りは見られない。兎に角暑くて、のどが渇く。冷たい飲み物を買おうとしたが、なかなか見つからない。冷蔵庫を使う所は多くない。大通りに出て、何とか冷蔵庫を発見、自らスプライトを取り出す。お爺さんに渡すがいくらか分からず、100rpを差し出す。おつりが来た。30rpだったようだ。

スプライトを飲み始めると急に腹が減る。明るくはないコルカタの街に徐々に慣れている。チキンエッグロールと英語で書かれた店の前で止まる。これなら食べられそうだ。息子が卵を溶き、大きな鉄板に敷き、そして後は親父がひっくり返す。ようはクレープだ。出来上がるとそこにチキンを混ぜて丸める。一口食べると周りの卵の温かさと中のチキンがマッチしている。まあ、親子丼と同じ発想か。35rp。

マクドナルドでは多くの若者がハンバーガーを頬張り、ポテトをつまむ。外では老婆がそのような金持ちに小銭をせびる。最後に路地に入ると、テントが張られ、中にドルガが祭られていた。写真を撮らせてもらったが、何だか人形劇の舞台のよう。インドは多様だ。

(3) お湯が出なくても

ホテルは小さな門を潜って中に入った。門番がちゃんといる。建物は結構きれいで安堵。最近出来たと思われる。部屋もそこそこ広くOK。天井に大きな扇風機があり、早速回す。懸案のネットは「部屋で使うなら、一日500rp。だけど、ロビーならタダ。」というので、この狭いロビーでやってみる。机が一つだけあり、そこを使うと電源も確保できて、すぐに繋がった。これはいい。

このホテル、外国人の団体が多い。フランス、イタリアあたりか。やはりそれなりにきれいだからだろう。また博物館に近いという利点もあるかもしれない。ネットしながら見ていると、様々な人種の人が出入りしていた。

部屋に戻り、シャワーを浴びようとしたが、何故かお湯が出ない。結構暑かったので、そのまま水浴び。ちょうど良かったが、湯が出ないのはちょっと。TVは壁に掛かっているサムソンの大型。これで衛星放送を見る。インドに来たのだからとこの日から、毎日クリケットを見て勉強した。ムンバイインディアンズが強くて人気のあるチームだと分かる。

因みにその後もシャワーのお湯は出なかった。フロントに文句を言うとその度に「必ず出ます」と言うのだが。3日目には泥水まで出て来た。何か修理はしたのだが裏目に出たようだ。まあラダックでのホームステイ体験などで、お湯が出来ることが必須ではなくなっていたので、我慢する。サラリーマン時代の私なら、切れて大変だったことだろう。自分を冷静に見つめられるようになったことは進歩か。




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